太古の人々は自然を神として崇め、地震や火山の噴火などの災害を神々の怒りとして畏れるとともに真摯に受け止め祈りを捧げました。一方で多くの自然現象の中から天変地異の予兆を読みとり、自らの行いを改めたり、危機に備えることによって神の怒りを鎮めようとしました。
多くの文明が農業の発達とともに、季節や気候の変化を知らせる暦(カレンダー)を重視するようになりました。1日という区切りは最もわかりやすい形で、太陽と月、昼と夜、光と闇と両極の現象として理解され、『陰陽』という考え方が生まれました。
また、月の満ち欠けと気候の変化で四季と1か月、その一巡で1年という具合に暦は確立されていったのです。
自然界を形造る五つの元素は、木、火、土、金、水という『五行』であらわされ、そこに先の『陰陽』が合わさり『陰陽五行説』となりました。
木(樹木)の陰は乙(樹の弟)きのと、陽は甲(樹の兄)きのえ
火の陰は丁(火の弟)ひのと、陽は丙(火の兄)ひのえ
土の陰は己(土の弟)つちのと、陽は戌(土の兄)つちのえ
金の陰は辛(金の弟)かのと、陽は庚(金の兄)かのえ
水の陰は癸(水の弟)みずのと、陽は壬(水の兄)みずのえ
この『陰陽五行』のコードに、毎年元旦から始まる干支の十二支
子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥が組み合わされ、
甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十干(幹)に十二支(枝)がついて『十干十二支』が完成したのです。
十干十二支はそれぞれが性質を示唆します。たとえば広く知られている「丙午(ひのえうま)の女性は気性が激しく男性をしのぐ勢いがある」と言われるのは、丙(ひのえ)の火と午(うま)の火が重なり燃え上がると止めようがないという組み合わせのためなのです。
本来『暦』や『陰陽五行』そして『十二支』は気候の変動や規則性を知るための手段として発達したのですが、上述のように、次第に個々の人間の性格や運命にも影響を与えていると考えられるようになり、長い間に徐々に統計学として完成されていくことになります。
個々の人間が、生まれた年、月、日、時についてそれぞれに該当する『十干十二支』を持ちます。4つの柱を建て、様々な組み合わせを割り出し、本人の個性、他者との関係、相性、未来の姿までもを読み取ろうとしたのです。これはまさに人生という長い航海における羅針盤(四柱)と航海術(推命)と言えましょう。
四柱において、年柱の干支は先祖や親、同じく月柱は本人、日柱は配偶者、時柱は子孫というように、大体の関係性は月柱、すなわち本人の性格から割り出します。 それによって象徴される10個の通菱星が重要な鍵となります。これらは一人一人全く違うので、割り出しには細かな作業が必要となりますが、その分精度が高く、長い歴史の中で鍛えられてきた統計学として、とてもよく当たります。 日の干支からは運勢の波や周期もわかるので、これだけでもかなりの情報が得られるでしょう。
たった今この瞬間にも、時は刻々と過ぎています。それと同時に天体の動きもまた然りです。 バイオリズムとしての運勢表は運気の高い時にはエネルギーを存分に発揮して良いというサインになり、運気の低い時には精神性を高めるにはかえって有効であるとも言われます。 自分自身の『命』を知り、運勢の波や周期をうまく利用して幸福へと近づきましょう。
四柱推命の基本理念とは自然との共存であり、人と自然との融合にあります。人に優しい占術であり、素直に学ぶ者にとってのバイブルです。まずは自身の命を知り、神(自然)に与えられた道を全うし、その恩恵を享受して幸福になることです。